My Basement Tan

k-nakama:

1907年(明治40年)に、

アメリカ人宣教師が建てたという、
マッケーレブ邸…。



説明のパンフレットによると、

この前年に、

子供が学齢期を迎えたことにより、
家族は帰国してしまい、

マッケーレブは、
その後、34年間、

単身ここで暮らしたのだそうです…。



大変質素な暮らしをしていたそうで、

畑仕事から外壁のペンキ塗り、
暖炉の薪割りまで、

すべて一人でこなしていたのだそうです…。



家の方も、同じように、
とても簡素なものですが、

南側の庭に面して、

サンルームとしても仕える広縁などもあり、

なかなか住み心地が良さそうな、

気持ちの良い家になっていました…。



説明によると、

内部は、

「カーペンターゴシック様式」を用いているのだそうです…。



「カーペンター(大工)ゴシック」って何なのかな、
と思い、調べてみたら、
要するに、

新大陸アメリカで、
身近に手に入る材料や技術を使って、

ヨーロッパのゴシック様式を真似たものなのだそうです…。



「彼らが利用できたのは素朴だがたよりになる材料―つまり、

 木材とハンマーとノコギリと
 自分たちの荒けずりな創意工夫だけであった。

 彼らはこれらを用いて
 名匠が達した壮大なヴィジョンに
 
自分たちのささやかな独自性を加えて、
 
 それを人間らしい規模にまで縮小させたのだった。
 
要するに、奇想と借用と嘘の寄せ集めだった」…。



日本でも、明治時代に、

西洋の建築を真似た、「擬洋風建築」というのがありましたが、

それのアメリカ版という感じなのでしょうか…。



1982年(昭和57年)に、

この家を取り壊して、マンションが建設される、

という発表があると、

マッケーレブが開いた幼稚園の卒園生や地域住民によって、

反対運動が起こり、
その結果、

一転、保存が決定した、のだそうです…。



この家が、これだけ多くの人に愛されていたのは、

マッケーレブによる、この地での、
34年間にわたる、
慈善事業や教育活動が、
たくさんの人々に感銘をあたえていた、

ということが大きいのだとは思います…。



ただ、
「擬洋風建築」もそうなのですが、

こうした
「荒けずりな創意工夫」による建築が持っている、

得体の知れないパワーも、

その一因にはなっているような気もしました…。

(via k-nakama)

geisha-kai:

Maiko Fukue wearing a pretty pastel kimono for June (SOURCE)
Fukue is now a geiko!

geisha-kai:

Maiko Fukue wearing a pretty pastel kimono for June (SOURCE)

Fukue is now a geiko!